関西壱岐の会総会でサプライズ 目良恒郎

関西壱岐の会総会でサプライズ
 第十九会関西壱岐の会(立石英隆会長)総会が、去る6月29日(秘に、大阪リバーサイドホテルで185名が集い開催された。壱岐からは中原副市長はじめ松尾振興局長、山本県議、両高校長、各会代表など多数の方々が、又各地の壱岐の会や長崎県人会の方々も多く参加下さいました。立石会長が各会との交流を深めあらゆる面において壱岐への応援を強調した挨拶の後、町田議長の音頭で壱岐焼酎で乾杯、今年も会員の子供さん達のダンスチームによるパンチある歌と、はちきれんばかりの若さ溢れるダンスに大地直樹の熱唱が花を添えた。来賓の方々の一言アピールで両高校の校長先生が各校の活躍を紹介されたが、生徒も少ない私達の母校が都会の学校に負けない立派な生徒に育っている事に嬉しく思えた。懇談会の途中、突然、落語家の笑福亭仁鶴婦人が来られ昨年のお礼を兼ねた挨拶をしている所に仁鶴師匠本人が現れ、会場が一瞬驚きでどよめいた。結婚当初に壱州弁で「いたちくる」と言うので、うちにイタチが来るのか、一向に来ないと思っていたら「行ってくる」との事だった。とか色々な壱州弁でのエピソードを披露されたが、壱州弁の中には古典落語にも出てくる言葉も有る、単なる方言ではないらしいとの事。若い時、壱岐から帰るのに飛行機も船も欠航で、その頃は番組に穴をあけられなかった必至の決断で、仕方なく漁船にお願いして荒れた玄海灘を呼子まで送って貰った事もあったとか。又壱岐焼酎にも関心もっておられた。隆子婦人がちょっと覗いて挨拶したいと電話があり役員数名は知っていたが、まさか一緒に来られるとは?思いがけないサプライズであった。今年が初めてと言う会員も多く、世代の移り変わりで若返りを願っているが、次々と新会員が発掘出来、いったい関西にどれだけ壱岐出身者がいるのかと思うほどである。壱州米で炊いた「うに飯」を食べたり「壱岐焼酎」を手にテーブルを回ったり、この日ばかりは知らない人も皆「壱州人」として年齢に関係なく歓談できる場であり、参加者の中には「やはり年をとると壱岐が懐かしいな」という人が居られた。来年は壱岐の会発足二十周年であるがいつまでもこの会が続いて行くよう次代に繋げるのが私達の役割だと思う。あっと言う間の三時間であったが地元壱岐から来られた多くの方々を始め各地の壱岐の会の方々にお礼を申し上げ又、来年の再会を祈念いたします。